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安室奈美恵が女性たちに愛され続ける理由

 

2018年9月16日をもって引退した歌手の安室奈美恵さん。

彼女は、90年代に小室哲哉プロデュースで火がつき、数々のヒット曲を世に出していきました。

 

また、アムラーと呼ばれる彼女を真似たファッションをする女性達も急増し、社会現象にまでなりました。

その後も、沖縄サミットのイメージソングを歌ったり、オリンピックのテーマソングなどにも採用され、日本中から愛される歌姫となりました。

 

なぜ安室奈美恵がそこまで、女性達に支持され、愛され続けるのか?

 

彼女の人生観やインタビュー、音楽を振り返りながら、みていきましょう。

 

ぶれない芯と見えない努力

彼女に憧れる女性の大半の方が「ぶれない芯」そして「ライブパフォーマンス」と口を揃えていいます。

幼い頃は、どちらかというと大人しい印象だったと言われている彼女ですが、ステージに立つとパフォーマンスは圧巻。

 

沖縄の芸能事務所に通う頃から、歌で成功したいという気持ちはとても強いものだったようで、レッスンも何時間もかけ通い続けたと言われています。

 

一度、決めたら貫き通す。

そんなかっこいい女「安室奈美恵」に世の女性は惹かれて仕方ないのでしょう。

 

デビューが決まり、東京に上京する際も、母親が引き止めたにもかかわらず、「必ず成功するから」と荷物を抱え、家を出ていったそうです。

 

そのような覚悟と共に、上京し、レッスンを積み重ね、安室奈美恵の音楽が作られていったのです。

ぶれない芯と見えないところで人一倍努力を重ねてきた彼女。

 

それは、ライブでの圧倒的な存在感やダンサー達とのパフォーマンスを見て、多くのファンが肌で感じていることでしょう。


小室哲哉プロデュースによるヒット曲の数々

安室奈美恵の転機になったのが、プロデューサー小室哲哉との出会いです。

 

95年に発売された小室哲哉プロデュースの楽曲「Body Feels EXIT」は、約80万枚を達
成しています。


安室奈美恵 / 「Body Feels EXIT」Music Video

 

この楽曲での、ライブはダンスパフォーマンスも圧巻で、毎回ライブでもお馴染みのアップテンポのノリがいい楽曲となっています。

 

また97年に発売されたアルバム「SWEET 19 BLUES」では、336万枚を達成していま
す。

4種類の異なるジャケ写と、ブラック・ミュージック調のグルーブのある音楽が、と
てもかっこいいアルバムに仕上がっています。

 

それまでは、ユーロビート調の音楽がメインでしたが、小室哲哉プロデュースにより、
アップテンポのダンスミュージックやブラックミュージックテイストの楽曲も徐々に増えてきました。

 

安室奈美恵自身が、憧れているジャネット・ジャクソンのような楽曲やプロデュースにより、ヘアやメイクもブロンズで、海外アーティストを意識したようなファッションになりました。

 

この頃から、安室奈美恵の定番ファッションは、ミニスカートにブーツ。

そしてロングヘアーも定着し、世の女性達が真似るようになったのです。

 

華やかな歌姫 安室奈美恵の素顔

歌手安室奈美恵として、とても華やかで輝かしい経歴をもっている彼女ですが、プライ
ベートは、普通だと自身で語っています。

そんな彼女が、SNSは基本、自分自身で発信することはありませんでした。

 

有名人で大スターな為、様々な噂が流れることが多々ありましたが、そのことに関してインタビューで次のように語っています。

 

「私も、仕事柄、自分の事を書かれるのは仕方ないと思うし、自分自身の事であれば何を書かれても構わない。でも大切な家族や自分の生き方を”安室奈美恵”の犠牲になんてさせない。」

 

また、彼女に息子が生まれてからは、ライブツアーの開始時間を早めたりするなど、歌姫としてステージをストイックにこなしながら、息子との時間を何より大切にしていきたようです。

 

プライベートはあまり明かさなかったのには、家族や最愛の息子を守りたかったのかも知れません。

そのような徹底ぶりからも、彼女のぶれない芯を感じることが出来ます。

 

ライブでステージに立つストイックな彼女とプライベートの彼女のギャップがまたたくさんのファンに愛される理由なのではないでしょうか?

 

彼女の背中が語るもの

19歳の頃の安室奈美恵は、プロデューサーの小室哲哉にソロデビューをしてなんとも言
えない心細い気持ちや寂しさを打ち明けていたそうです。

 

小室哲哉は、そんな安室奈美恵のなかなか言えない心の内を「SWEET 19 BLUES」という楽曲にしました。


安室奈美恵 / 「SWEET 19 BLUES」Music Video (from AL「Ballada」)

 

彼女の20歳の誕生日には、ジャマイカのプールサイドで「SWEET 19 BLUES」のレゲエバージョンでお祝いしている映像も残されています。

 

「だけど、私も本当はすごくないから」という歌詞が、また19歳という若さの彼女が背
負っていたものの大きさを感じることが出来ます。

もしかしたら心の内は、大きなプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、戦っていたのかも知れません。

 

その頃、全国4大ドームツアーをやり遂げた安室奈美恵は、また大きく一歩前進したのでした。

 

そして、ドームツアーでステージの構成などを手かげていたダンサーのSAMと結婚。
2人の間には、1人の息子が生まれます。

 

人気絶頂の時期に、1年の休業。そして、復帰。

復帰をしたと思ったら、母親の突然の死、また以前のようなヒット曲に恵まれず、なんの為に歌っているのだろう?と考えるようになったといいます。

 

歌うことを辞めてしまおうかと思ったと、彼女自身もインタビューで語っています。
彼女はいつもカリスマとしてステージで華やかに人々を魅了しながらも、何か大きなものを背負っているような雰囲気を感じさせました。

 

新たにR&BHIPHOPのジャンルにも挑戦

セールスに伸び悩み時期が続き、彼女自身も自分の音楽の方向性に迷うようになりまし
た。そんなとき、声がかかったのがSUITE CHICという企画モノの音楽でした。

m-floのVERBALやZEBBRA、AIなどのビッグアーティストとR&BHIPHOPのジャンル
に挑戦したのでした。


SUITE CHIC / 「“Uh Uh,,,,,,” feat. AI」Music Video

 

安室奈美恵自身もやってみたかった音楽に踏み込み、また新たなファン層の獲得をし、クラブシーンでも彼女の声や音楽が流れるようになりました。


SUITE CHIC / 「GOOD LIFE」Music Video

 

その挑戦が評価され、MTVで賞を受賞したり、新しい安室奈美恵にシフトしていったの
です。

 

以前にも増し、毎年ロングツアーを実施

安室奈美恵のライブが評価が高いのは以前からの事だったのですが、更に安室奈美恵は、ファンと身近に触れ合う事が出来るライブに力を入れるようになります。

 

何よりもファンを大事にしている安室奈美恵は、ライブその場で感じることの出来る臨場感を大事にしていったのです。

時代の変化により、音楽CDの売上は下がっていきましたが、安室奈美恵のライブはまたたく間に口コミでたくさんの人に評価され、多くの人がひとめ見たいと足を運ぶようになったのです。

 

オリンピックのテーマソングやアニメワンピースのテーマソングなども、歌うようにな
り、母親と子供が家族でライブに行くような姿も見られるようになりました。

老若男女に愛される国民的歌手になっていきました。

 

これからが期待される中、突然の引退

安室奈美恵のライブは、歌って踊りっぱなしの約2時間ぶっ続けです。

安室奈美恵は、ストイックなアスリートのようにライブをこなしていったのです。

 

言葉には出さなかった安室奈美恵ですが、声帯を壊し上手く歌えなくなるなど、トラブルがあったと言います。


安室奈美恵 / LIVE DVD&Blu-ray「namie amuro Final Tour 2018 〜Finally〜」15sec TV-SPOT

 

引退を決めていたのは、数年前から決めていたようですが、決め手となったのは、「ファンの皆さんの中に、「いい状態の安室奈美恵」を思い出として残したかった」と伝えています。

 

引退の最後は、沖縄で行われた安室奈美恵の花火ショー「We♥ NAMIE HANABI
SHOW」をファンの皆さんと同じ客席で、眺め涙したのでした。

もしも願いが叶うならというインタビューに彼女は、以前、以下のように答えています。

 

「もしも願いが叶うなら、歌手「安室奈美恵」のステージを、客席で見てみたい。」

 

そんな安室奈美恵の最後の願いを、自身の生まれた沖縄という土地で叶えたのかも知れません。
14歳で上京し、デビューした歌手 安室奈美恵は、40歳まで音楽人生を歩み続けたのでした。

歌手であり、母親であり、女性である彼女の背中は、多くの女性を励まし、勇気づけ
ていったのです。


安室奈美恵 / 「Finally」Music Video (from AL「Finally」)

 

そして、今でも多くの女性たちが安室奈美恵の音楽に、勇気をもらっていることでしょ
う。

彼女は、私達の心の中に永遠に生き続けます。


・アーティストが活躍した年代 1990年代~2010年代
・アーティストの音楽ジャンル J-POP

 

執筆 yuco murakami

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